天聖経: 第38 話
第二篇 真の父母
第二章 真の父母とメシヤ
第一節 人類の希望 21-23
第二節 イエス様の再臨と真の父母 1-10
21 今日、万民が願うこととは何でしょうか。世界や国家を求める前に、真の父母を迎えることです。また、未来の子孫たちは誰から出発したいと思うのでしょうか。皆さんの息子、娘は、真の父母の血統を通して生まれたいと思うのです。ですから、真の父母は、新たな未来の出発点になるのです。真の父母を完全に愛そうとする人は、世界を本当に愛そうという人であり、真の父母を完全に愛することができる人は、未来世界の子孫たちまで愛することができる価値をもった人です。したがって、真の父母の愛を受けるために自らの生命をすべて捧げて犠牲にしても感謝できなければなりません。そのような人は、真の父母の愛を相続するのに不足がないのです。
22 人間は、神様から造られて生まれましたが、神様の息子、娘としての振る舞いができません。その第一は、神様が人間を息子、娘として愛することができないことです。神様が人間を愛することができず、また人間は、神様の息子、娘として愛を受けることができないのです。第二には、神様の愛を受ける息子、娘として聖婚式ができず、第三には、彼らが神様の愛を中心とする天の家庭を築くことができずにいるということです。この三つを彼らがすべて成し遂げていれば、人間は、今日のように悲惨になっていなかったはずです。
ですから、最後に私たちが行って再会すべき所、最後に私たちが行ってとどまるべき所、そこを求めていかなければなりません。世界の国々が本然の祖国を求めなければならず、世界の数多くの人間が、本来の自分の故郷、本郷を求めなければならず、数多くの氏族たちが本来の父母を求めなければなりません。これが、今まで神様が摂理してこられた目的です。
23 救援とは、本然の状態に戻ることです。それでは、本然の状態に復帰するにも基準があるはずですが、その基準とは何でしょうか。人間は男性だけがいるのではなく、また女性だけがいるのでもありません。したがって、復帰の第一基準は、神様の息子や娘になるだけではなく、子女の位置を経て、夫婦の関係を結び、真の父母となって新しい血族を立てることです。これが人間の創造目的であり、人類歴史の新しい出発基準になります。ですから、国や民族、氏族が問題ではありません。また、息子、娘が問題ではありません。人類にとって最も問題になることは、人類の前に必ず存在しなければならない真の父母、神様が実体として顕現なさる真の父母を決定することです。真の父母をどのようにして決定するかということが、人類の最高の問題であると同時に、目的だというのです。
第二節 イエス様の再臨と真の父母
1 偽りの父母から連結されたその結果を、真の父母がこの地に来て完成したこの時において、先祖たちは、子孫たちを助けてあげることによって救われます。真の父母に似ていなければならないのです。ために生き、献身生活をする子孫たちによって、霊界での自分の位置が変わります。
メシヤが最後の時に来て、すべての堕落した世代を教育するのです。偽りの父母がこの地とあの世界につくつておいたものを、完成した真の父母が来て、再び立て直すのです。本然の概念に従って一つになることにより、取り替えることができます。そのためには、アベルの立場である次子に、カインが従っていかなければなりません。霊界はカインの立場なので、次子の立場である地上に従っていかなければなりません。次子は、次の世代のことを言います。キリスト教は、イエス様を中心として、次の世代へと拡大してきたのです。
2 聖書を見ると、「わたしはアルパであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである」(黙示録二二・一三)とあります。創世記で成し遂げようとした目的を、人間の堕落によって成し遂げることができなかったため、ヨハネの黙示録で成し遂げるようになるのです。
それでは、イエス様は、どのような方として来られたのでしょうか。アダムが堕落したので、堕落しないで神様の愛に一致できる完成したアダムとして来られました。それで、コリント人への第一の手紙第十五章四十五節を見ると、「『最初の人アダムは生きたものとなった』と書いてあるとおりである。しかし最後のアダムは命を与える霊となった」と書かれているのです。聖書を見ると、イエス様を二番目のアダムとしています。神様が人間に賦与できる真の息子の位置、夫婦の位置、父母の位置を決定しなければ、神様が計画された家庭を探すことができないので、それが地上に現れなければなりません。
3 堕落した人間は、どこから本然の真の愛の基盤を探し出していくのでしょうか。真の神様、真の父母様からであり、真の神様を中心として人間が互いに調和するところから始まります。それで、聖書は何を教えてくれているのでしょうか。神様のみ旨を果たすことができる核心を、旧約と新約の六十六巻を通して教えてくれました。神様の願いの核心、人間の願いの核心である愛の理想世界、天国に直行する道を教えなければなりません。その核心は、神様は既にいらっしゃいますが、真の父母がいないので、真の父母を探すことなのです。世界の宗教を中心とする摂理の決定権がここにあるので、イエス様が新郎として新婦を求めてきたのです。それで、聖書の結論は、新郎新婦を復帰して本然の愛の園を訪ねていくということです。
4 創世記に、エデンの園には二つの木があり、一つは生命の木であり、もう一つは善悪を知る木であったとあります。その木とは何でしょうか。神様が探さなければならない真の男性と真の女性です。真の父と真の母になる二人を失ってしまったのですが、その真の父母を象徴する言葉です。すべてそのように教えてくれています。
イスラエル民族を荒野で導くとき、火の柱と雲の柱がありましたが、昼に導くのが雲の柱であり、夜に導くのが火の柱でした。それは、男性と女性を象徴し、終わりの日に父母が来るとき、イスラエル民族が侍ることを象徴的に見せてくれたものです。この火の柱と雲の柱の導きに従っていかない人は、すべて滅亡するようになります。
5 イスラエル民族が四十年間、メシヤを迎えるためのカナン復帰をして、地上天国と神様の理想世界を実現するために、真の父母として来られるメシヤを迎える道を案内するのがカナン復帰路程です。ところが、その民族が荒野で倒れそうになったので、象徴的にメシヤの身代わりとして与えたのが、契約の箱の中に入っている二つの石板でした。これに絶対的に侍ることによって、来られるメシヤに絶対的に侍ることができるのです。そうすることで、天の国の建国が始まるということを見せてくれました。ですから、象徴的なメシヤを立てて訓練したのが、幕屋の理念です。メシヤが降臨できるようにする象徴的な準備だったのです。
6 終わりの日には、どのようになるのでしょうか。天地がひっくり返るのです。天道が変わります。天道が変わるというのは、天が割れることではなく、丸かった地が平らになるということではありません。天道が変わるというのは、み旨から見るとき、あとから出てくる人が先祖であり、先に出てきた人が子孫になるということです。人類始祖が六千年目に来るので、その父母の血肉を受けてこそ、本来の正常な軌道になるのです。それで、イエス様は、「アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」(ヨハネ八・五八)と言ったのです。アブラハムより先にいたとはどういうことでしょうか。イエス様は、父母として来ましたが、父母が二組ということはあり得ません。人類の先祖が二組ということはあり得ないのです。イエス様は、先祖格であり人類の真の父母格として来たので、み旨を中心として神様の側から見れば、アブラハムよりも先だというのです。
再臨思想と真の父母
7 人間を造られた神様の目的は、霊的な基準の、妄想のような空想の国家理念を成就するためではなく、生きている間に人間たちが汗を流しながら、生活しているその基盤の上に、家庭と氏族を編成し、民族と国家を編成して、神様が愛される希望の国、希望の天国を成就することです。このような国を編成して、神様の愛を受けなければならないというのが、本来の創造理想でした。
このように、地上に何の基盤もない霊的な国だけをつくることが、神様の願いではありません。再び来られる主が、空中から雲に乗ってきて霊的に妄想のような国家を創設することが、神様の願いではありません。彼が再び来るのは、この地を足場にして神様の愛をすべて受けることができる一人の新婦を迎え、人間の先祖が、六千年前に人類の真の先祖になることができず、偽りの先祖になることによって失ってしまったものを、取り戻す役事をするためです。
8 愛の絆を求めてきた神様が、四千年の苦労の結実として、イエス様を人類の真の父として、真の男性として送られたので、イスラエル民族を代表して一人の真の女性が現れ、真の父となるイエス様を真の母の立場で愛していれば、その時からイスラエル民族は、哀れな民族でもなく、孤児でもなく、世界へ飛躍できる民族として出発していたはずです。それにもかかわらず、イエス様を追い出すことによって、この地上に実体を備えて神様の愛を連結させるために、息子として来られた一人の男性を失ってしまいました。そして、この男性は、み旨を果たすことができずに逝ったので、再び来なければなりません。
9 私たちには、必ず求めるべき、ただ一つの問題が残っています。この一つの問題とは何でしょうか。神様の愛です。その愛は、偽りの父母から出てくるのではなく、真の父母によってこの地上に顕現するようになります。真の父母がいるためには、先に真の父が来なければなりません。その父の人格と神様の愛を代わりにもって、この地球星に訪ねてくる方が、今日、宗教人たちが信じている、宗教思想の中心的な存在、すなわち再臨主です。
10 再臨思想とは何でしょうか。それはメシヤ思想を意味します。メシヤは、父を意味します。皆さんは、新しい血統を受け継がなければなりません。新しい血統を受け継ごうとすれば、メシヤが父として来て、サタン世界に勝利した、サタンが干渉できない超世界的な基盤でエバを迎え、蕩減復帰しなければなりません。そして、夫婦を中心とした家庭を中心とする息子、娘を、横的に接ぎ木しなければなりません。それで、統一教会で祝福をしてあげるのです。統一教会は、血統が神様から始まりました。ですから、いくらでもサタン世界で反対してみなさいというのです。反対すれば、損害賠償を支払うようになります。