天聖経: 第468話

第九章 家庭教会と氏族的メシヤ 3-4
3. 夜明けの時が目前に迫ってきたことを悟るようにしてください

愛するお父様、恨多き復帰の道が、曲折と事情によって埋められていることを夢にも思いませんでした。分別なく、何も分からなかったこの息子をあなたが立てられ、むちで打ち、身もだえさせたのも、今になってみれば、すべて愛であったことを悟りました。

通り過ぎる過程においては無情な天であり、無慈悲な天であることを感じましたが、私により価値ある褒賞を賦与するための絶対的な条件が必要であるがゆえに、そのようにされたことを知っております。それを知るたびに感謝しながら歩んできてみれば、今日の統一教会は世界的に名を知られるようになり、ここに立っているこの息子の名を五色人種(あらゆる人種)がありとあらゆる所で知ることができる時となりました。その名は悪名高い名として現れましたが、善名高い名として変遷していくことを知り、今まで闘ってまいりました。あなたもその日を保障する立場で私を助けてくださったため、そのようになり得る世界が必ずや形成されることを知っております。

今や迫害は過ぎていき、漆黒のような暗黒の世界は過ぎていき、夜明けのときが私たちの目前に迫ってまいりました。今や、首を高く伸ばして見つめれば、私の視野圏において世界がどのように終わるのかを見定め得る、時代の中心に立っています。お父様、み言を通して、家庭教会がどれほど貴いかということを知りました。万物の解放、人間の解放、神様の解放と天使世界の解放をしなければ、本然の世界を復帰できない心情圏があるという事実を知りました。

私たちは心情を中心として、神様の代わりに万物を愛し、人間を愛し、神様の代わりに天使世界に対しても主体的な立場で指示し、命令できる立場で神様に侍ることのできる心情の主体、もしくは対象となり、お父様のみ前に一致すべき未来の希望圏が残っておりますので、そこに直行しても余りあるようにお導きください。闘いの途中で倒れることなく、最後まで勝利してあなたのみ前に称賛だけではなく、あなたの愛を受け継ぐことのできる息子、娘になるようにお許しくださることを、切にお願い申し上げます。

残されたその日と、その時が、私たちをせきたてるように呼んでいるという事実を知るとき、きょうから残り六十日間、輝く成果を収めて、今までできなかったことを今回の期間に短縮させて、条件的な内容でもお父様のみ前に残してさしあげられる実績をもてるよう、あらゆる努力と至誠を尽くせるようになることをお願いいたします。けさ、長々と何時間もみ言を語りましたので、流れていかないようにし、心の中に心情が芽生えて生命の光を加え、お父様の愛を中心とした新芽となってあなたを仰ぎ敬うために直行し、駆けていける息子、娘の姿を備えられるようにお許しくださることを、切にお願いいたします。

その日とその時に、恥ずかしくなることのない天の王子と王女の姿を備えられるように、お父様、愛のむちを加えてくださることを切に願いながら、真の父母のみ名によってお祈りいたしました。アーヂュ。(一九八〇・一一・一)

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4. 統一教会の使命を忘れないようにさせてください

愛するお父様、においがし、整頓されていない地であるとしても、祖国のにおいが骨髄にしみるのを感じるとき、故郷がそれで良いのであり、祖国がそれで良いのだということを改めて感じます。

お父様、南北が分断されたこの事情を考えるとき、これは大韓民国が負うべき罪ではなく、キリスト教が責任を果たせなかったことにより、世界史的な一つの蕩減の谷間として残ったものであることを思います。今まで韓民族が数多くの血を流したのは、その個体の過ちよりも、歴史的な使命の運命があったからです。蕩減しなければならない使命を前にして、多くの血の代価を払ったことを知っております。

今、多岐多端な環境の渦中でもがいていますが、原理が教えてくれたとおりにカインとアベルが出会って天のみ前に立つときまで、この民族の受難の渦が巻き続けるという事実を知っております。それは争いと計略によって成されるものではなく、自然な環境で勝利の土台を築いてあげる群れとなることにより、負債を負った者の立場にカイン世界を立てなければ、長子の位置を引き継げる場がないことを知るものでございます。

このような歴史的な交差点がない天倫の世界から、堕落した世界に対して一つの道を要求しているという事実を考えるとき、統一教会の群れはひざまずいて、粛然とした姿で天のみ前に自身を反省せざるを得ないことを改めて思います。今から北朝鮮の地でのひと時を思いながら、韓国の地で迫害を受けたひと時を思いながら、ボムネッコルの谷を中心としてやるせない事情を抱いて天のみ前に訴えたその時を過ごし、海外を経て過ごしながら、誰も知ることのできない道を探ってまいりました。誰もが自分の欲望を中心として走っていきますが、ここにいるこの息子は、あなたの愛を中心としたみ旨を立てるため、今まで誰も分からなかった道を駆けてまいりました。

その過程において倒れた場、絶望した場において、あなたはつかんでくださり、激励してくださいました。歴史を考えれば、事情も多く、悲しみの峠も多くありましたが、あなたが私以上に悲しみの道を体験し、私以上に悲痛で悔しい歴史的な内情を抱かれたことを考えるたびに、顔を上げて天のみ前に祈ることのできない恥ずかしさを感じます。このようなことを悟らせてくださったのも、あなたの無限の愛があったがゆえであることを、改めて思うのでございます。

六十の生涯が過ぎ去って、迫害の一方通行で終わると思っていた生涯路程を振り返ってみれば、世界的な渦中を経て、端から端に通じ得る道がもっとあったことを思うのでございます。天に向かってもう一度、いつ、いかなるとき、あなたが準備してこのような環境をつくっておかれたのかという事実を考えるとき、改めて感謝申し上げる次第でございます。昨年から一年余り、韓国においては様々な情勢の変動も多くありました。今や、あなたが、主導して、行くべき道を照らしてくださり、この国と民族がどこに行かなければならないのかを知り得る環境をつくってくださるようにお願いいたします。

この国のすべての国民が一体となり、善し悪しをえり分けて悔い改め、「天のみ前に恥ずかしい民族にはならない」と身もだえできる自らの姿を発見できるようにしてください。そうして団結し、「世界人類の前に愛の架け橋となる」と言いながら、自ら犠牲の場を開拓していく群れが、韓国三千里半島にあふれて流れるようになれば、世界は新しい希望の基地となり、希望の夜明けがそこから明るい太陽の光となり、世界に向かって伸びていける日が間違いなく来ることを知っております。そのようにできる土台が、今日、この統一教会にならなければならないことを知っております。

韓国と世界のみ旨を中心としたその路程において、荒漠とした砂漠地帯において、死亡の哀れな傷を負い、骸骨の谷間となったこの世界において、愛の服を着て、愛の油を塗り、復活できる運命圏を天が願うことを思うとき、統一教会がその使命を担えるようにお許しくださることを、切にお願いいたします。

私たちの怨讐であった既成教会のために、今まで耐えてまいりました。既成教会は、今に至るまで私たちに反対していますが、お父様、ここにおいてあなたが仲裁者となってください。あなたの傷心が大きいことを思いながら、私たちが耐え、あすの希望を含ませ、兄弟のような関係があるため、兄の立場に立てて、あなたの権限を受け継ぎ、彼らを生かしてあげるべきみ旨があるという粛然とした事実を知るたびに、喉が詰まる痛哭の心情をもち、天が六千年間苦労された事実を想起できるようにお許しください。

お父様、私は、韓国に訪ねてきたのではございません。この体であなたの愛を受け、体恤するためです。そのようにできる一個人、家庭、氏族がいることをあなたが願うということを知っておりますので、恥ずかしくて身の置き場がない私自身をもう一度とがめながら、統一教会をもう一度哀れに思ってくださることを、お父様、切にお願いいたします。お父様、まだ残された仕事の処理を終えられていません。これから三年、もしくは四年という期間を中心として、アメリカで闘うべき仕事を残してまいりましたので、お父様、韓国はあなたが引き受けてくださり、ここの責任者からきょう新たに覚醒して、み旨の前に愛の架け橋を韓国から世界の至る所に架ける基地にならなければならないことを、はっきりと知るこの時間となるようにしてくださることを、切にお願い申し上げます。

それがなくなれば、いくら祖国の地でも、私が帰ってこられる道がないことを思うのでございます。お父様、そのようにできる一つの場所が韓国にならなければならないことをあなたが願い、五千年の非常に長い歳月の間、蕩減と受難の民族として悲惨な血の歴史を綴ってくるようにされました。それも、このひと時に備えるためであることを思うとき、統一教会の使命が大きいことを忘れる群れとならないようにしてくださることを、お父様、切にお願い申し上げます。

母親は母親として、夫と子女たちの前に、父親は父親として、妻と子女たちの前に、子女は父母の前に、教会の責任者は教会員の前に、教会員は教会の責任者の前に、神様の愛を見せてあげることができ、同行できる動きが現れるようにしてください。三千里半島に、この哀れで、追われながら迫害を受けてきた群れを通して、全員、心情的に結合させられるようにお許しくださることを、もう一度お父様のみ前にお願いいたします。

残ったその日の前に、きょうのみ言が恥ずべき訴えと讒訴の条件にならないように、心を落ち着かせ、精誠を整えて、第二回三次七年路程を三十六家庭から七十二家庭と百二十四家庭が先頭に進み出て、この民族の前に旗手となって走るべき責任があることを、悟れるようにお許しください。

師が歩んだ道がそうであるように、この者たちも行かなければなりません。子女に迫害を残したいと思う父母はいないのであり、実に受難の道を残したいと思う夫はいないことを知っております。しかし、父母の立場において子女たちを苦労させなければならず、夫の立場において妻を苦労させなければならない蕩減路程が残っており、復帰の恨めしい道が残っていますので、この道が嫌だと言えば、永遠に行く道を塞ぐことを思うとき、歯を食いしばり、舌をかみながら、この道を行かなければならない運命に置かれていることを、この時間、悟れるようにお許しくださることを、切にお願いいたします。

家庭教会の活動を中心として、恥ずかしい歴史を残す群れにならないようにしてくださることを、切にお願いいたします。歴史的な蕩減と歴史的な心情的一つの基準を立て、万民に暴風が吹いて洪水が起きるとき、一つの錨となって、「いかなるものも、ここにぶら下がれば生きられる土台である」と、愛の錨を差し込んで待つ群れとなるようにお許しくださることを、お父様、切に、切にお願い申し上げます。きょうのすべてのものを快くお受け取りくださることを願いながら、真の父母のみ名によってお祈りいたしました。アーヂュ。(一九八〇・一〇・一六)

Luke Higuchi