天聖経: 第358話

日本語のオーディオはしばらくの間、お休みさせて頂きます。皆さんご迷惑をお掛け致しますが、各自訓読なさるか、もしくは、英語版を聴きながらの訓読の程、よろしくお願い致します。ーゴデイブルチームー

第十一篇 礼式と名節

第五章 主要名節と記念日

第一節 主要名節 12-19

12 人間は、今まで自分が生まれた日を祝い、自分たちが結婚した日を祝ってきました。また国家は国家なりに、記念する日を祝ってきました。今は、世界的に何かの日を祝う時代になってきています。しかし、今までの数多くの日の中には、神様に侍って本当に記念した一日、「神の日」がありませんでした。これがどれほど大きな悲しみであり、天地に深くしみ渡る恨であるかを、私たちは、原理を通してよく知っています。

神様のみ前に堕落した世界が横たわっている限り、この「神の日」は策定できません。ですから、この日を探し立てるためには、堕落した基準を蕩減復帰しなければならないのです。この地に堕落した父母が生じたので、この堕落した父母を蕩減しなければならないのですが、この堕落した父母を蕩減し、勝利の日として立てたのが、正に「父母の日」です。

 

13 私たちが迎えた「神の日」は、すべてのものが集中した希望の日です。また、この場は、イエス様のときの使徒たちの位置とは比較にもなりません。このような途方もない内容と結実の価値をもっているのが「神の日」なので、この日を心から祝う私たちの姿勢は、どのようなものでなければならないのでしょうか。皆さん個々人の心は、どのようにあるべきでしょうか。アダムとエバのときの、アベルがこの日を祝えるようにしなければなりません。

またノアが、「あなたたちの驚くべき心情を賛美いたします」と祈れるようにしなければなりません。そして、三代の信仰の先祖であるアブラハム、イサク、ヤコブから「私が苦労し、私が困難に遭ったのは、きょうこの一日を迎えるためだったので、あなたたちの驚くべき成就を賛美します」という称賛の言葉を受けられるようにしなければなりません。

これだけでなく、イスラエル民族からも「私たちが国を探し立てるために、モーセを中心として砂漠を横断し、そのすべての困難を経ながらも備えることができず、収めることができなかったイスラエル圏を、このように整えてくれたので有り難い」という称賛の言葉を受けられるようにしなければなりません。これらの問題を見るとき、「私」はこの日のためにどれほど忠誠を尽くし、この日のためにどれほど苦労し、この日のためにどれほど犠牲の代価を払って、この価値ある日を迎えて祝っているのかということを考えてみてください。

 

14 皆さんは、「神の日」という宴の日を迎えるために、どれほど準備しましたか。自分の一人息子の結婚式を準備する、それ以上の準備をしましたか。女性たちは、結婚して新郎がいる部屋に入る前に、垢という垢はすべて落として精誠を尽くして装った、それ以上の準備をしてみましたか。また、男性たちは、「あなたでなければ私は死んでしまう」と大騒ぎして、望みのない困難な立場から数多くの障壁を取り除き、初めて願いを成就して、男性として喜びの心で新婦を迎える、それ以上の心で参席する準備ができていますか。

六千年間待ち望んできた、一つしかないこの聖なる「神の日」の行事のために、どれほど途方もない準備をしなければならないでしょうか。ここに参席した皆さんの誠心誠意が足りていないことを自ら認めなければなりません。そして、参席するときも、ただ参席するのではなく、統一教会の教会員の中で、誰よりも人知れず精誠の度数を満たし、神様のみ前に、中間ではなく最も近い立場で参席するという心をもたなければなりません。

 

15 皆さんは、誰よりもこの「神の日」に対する深い意義と高い価値を知らなければなりません。そして、この日を指標として、この日の前に栄光となる各自の生活の土台を開拓し、さらに統一教会の教会員としての責任を追及して、民族的な責任を完遂しなければなりません。そうして、民族がこの日を永遠の「神の日」として迎えるときまで、絶え間なく前進を続けなければなりません。

「神の日」が策定されることにより、霊界の数多くの霊人が地上に降りてきて、神様が願われるみ旨を中心として本格的に闘うことができる時期になりました。今までは神様がサタンの讒訴条件に引っ掛かり、それを弁償し、防御する時代でした。しかし、今や神様がこのサタン世界を占領できる条件を立て、神様が攻撃できる時代になりました。霊界の数多くの予言者や烈士たちが地上に降りてきて、自由に活動できる舞台が展開されたのです。

 

真の父母様の御聖誕日

16 堕落しなければ、真の父母が現れる前に、まず真の父が現れなければなりません。

今日、数多くの宗教では、自分たちの信じている教主が真の父になればと願っていますが、神様は、そうではありません。真の父という存在は、宗教の中の宗教から生まれるのです。真の父は、真の子女をつくることのできる、真の子女を生むことのできる資格をもった人です。

 

17 全世界は、新しい歴史的展開時期を迎えます。きょう、この真の父母様の御聖誕日を祝うのは、歴史的な意義をもっています。統一教会の信徒はもちろん、霊界に行った霊人、統一教会の霊人、キリスト教の霊人、すべての霊人が祝うことのできる段階に入るのです。天運によって一つの道に行けるように、地上の人間が道案内をしてあげなければなりません。今日、修行の道を信じ、宗教を信じる責任者がそれをしなければならないのですが、そのようなことは夢にも思わず、盲目的な信仰をして天国に行こうという人が多いというのです。そのような意味で、きょう祝う真の父母様の御聖誕日は、天宙史的な意義をもつ日です。今後は、父母様が生まれた日を本当に祝える人であってこそ、自分が生まれた日を祝うことができるのです。

 

18 五色人種の皆さんが、先生の誕生日を祝うためにここに集まったということは、驚くべき事実です。誰がこのようにしたのでしょうか。先生がしたのではありません。神様のみ旨がこのように導き、神様の愛がこのように導いたのです。他の人は知りませんが、統一教会の教会員の心の中にある神様のみ旨と愛を、皆さんは知っています。世界が反対し、この国が反対しても、これを知る私たちは、このみ旨を成就させるためにすべてのものを犠牲にしても、感謝しながら最後まで前進していかなければなりません。これが最高の価値あることなので、いかなるものも奪っていくことはできないのです。

「私」に近づいてくる試練がいくら大きいとしても、この試練を克服していかなければなりません。この世界において、価値のないものから、これ以上一時に侵害を受けるようなことがあれば、「私」の生命を投入してでも防がなければなりません。私たちは、生命を投入して、神様の愛を訪ねていけることを誇らなければなりません。きょう、先生とお母様の生まれた日を祝ってくれることも有り難いのですが、その前に、このみ旨と愛の前にすべての五色人種が一つにならなければなりません。また、先生とお母様が一つになり、神様を賛美するその日であることを祝わなければなりません。

 

19 神様は、必ず歴史的な終末の混乱時代に、新しい歴史創建のための準備をせざるを得ません。ですから、第一次世界大戦を中心として世界的な問題が展開すると同時に、その後の歴史において、世界的問題は世界人類の興亡を分ける方向に行くことを予測せざるを得ないのです。そのようなみ旨を中心として見るとき、西欧社会が没落に向かうならば、西洋思想が傾く道に向かうならば、神様は、必ずその反対の東洋を起点として、傾くことのない道を摸索されるでしょう。地球が丸いがゆえに、太陽を中心として朝、昼、夕、夜と移り変わりながら巡っていくように、歴史も巡っていくのです。

西欧社会が滅亡に向かうとすれば、神様は、必ずアジア社会を中心として、新しい朝に向かう道を模索するでしょう。このように見るとき、今日、西欧社会が探し求めているのはアジア文明です。それでは、東洋において神様は、いつからそのような準備を始めたのでしょうか。第一次世界大戦を中心として、これが始まったのです。大概、大きな事件が起きたあと、三年以内にすべてのものが現れるようになるのですが、先生は一九二〇年に生まれたというのです。

Luke Higuchi