天聖経: 第98話
日本語のオーディオはしばらくの間、お休みさせて頂きます。皆さんご迷惑をお掛け致しますが、各自訓読なさるか、
もしくは、英語版を聴きながらの訓読の程、よろしくお願い致します。ーゴデイブルチームー
第四篇 真の人間
第二章 人間の責任分担と堕落
第二節 人間の堕落 32-43
第三節 堕落の結果 1-4
32 アダムとエバは、神様の万代の一人息子と一人娘でした。万代の一人息子と一人娘であった神様の息子、娘を滅ぼしたのは、愛の器官である生殖器でした。永遠不変の愛の器官であり、永遠不変の神様の心情の主流を受け継いで、永生不滅の福地基盤を形成することを破壊したのが堕落です。
33 何ゆえに堕落しましたか。愛ゆえに堕落したのです。誤った愛が堕落です。誤った愛は、誤った生殖器の行動を通して行われました。これは公式です。アダムとエバの生殖器がなかったとすれば、人類が生まれることができますか。生殖器がなければ地上天国が出発できますか。完全で真の、善の生殖器を通して、真の善の地上・天上天国が生まれるのです。真でない生殖器を通しては地獄が生まれるのです。
34 神様とアダムとエバが一つにならなければならなかったのですが、なぜそのようになれなかったのですか。その原因は天使長でした。天使長の偽りの愛ゆえに堕落しました。垂直に連結されなければならないのに、横から奪ってしまったのです。そのようにして横に関係を結んだのが肉身です。人間は、内的な自分と外的な自分の二重になっています。しかし、心身一体になれませんでした。堕落の結果として心身が分かれた人類歴史が始まったため、闘いによって綴られるのです。それは個人だけではありません。大宇宙がそのようになっているのです。どうやってそれを抜き取ることができるかというのが、神様の救援摂理です。
35 男性は女性の、女性は男性のために生まれたのですが、自体自覚ではない他我自覚をして、自体自覚が再認定されれば、二人の所有権と勝利圏が備わるのです。しかし、相対圏の二人の価値を融合させる前に、自体自覚をして行動に出てしまったのが堕落です。
なぜそれによって、神様がこのように手をつけられず、無力になったのでしょうか。堕落というのが、なぜそれほどまでに深刻かというのです。善悪の実を取って食べたのなら、なぜ下部を覆ったのですか。血を汚したのです。血を汚したというのは生命を汚したということであり、生命を汚したというのは愛を汚したということです。天地大道の神経器官になるべき人間が、未成年期に堕落しました。誰が女性を奪ったのですか。僕である天使長が、神様の娘、未来においては神様の妃になることができ、神様の外的な体になることのできるエバを奪ったというのです。血統を取り替えたのです。
36 サタンは、自体自覚を中心として、すべてのものを自分に結びつけようとします。宇宙は全体のためになることを中心として大きくなることを願うのですが、これと反対に締めつけられるので、窒息するしかないのです。嘆息と怨恨の落とし穴に落ちていくのです。理論的にそうです。否定する道理がありません。
このような論理を拡大するとき、エデンにおいてどのように人間が困難な立場になったかというと、堕落したからです。堕落は自体自覚です。自体自覚をして堕落したので、私たちは自分を否定しなければなりません。自分の家庭から氏族、民族、国家、神様のみ前に行っても、「私は神様の息子ではありません」と言わなければなりません。
37 堕落は、自由意思によってではなく、自体自覚によって起きました。環境的に与えられた条件を忘れ、自分だけを中心として自体自覚をしたのです。全体が和動するのを無視し、全体の主体と対象の連体的関係を無視してしまい、個別的関係において連体関係の理想を占領したので、盗賊だというのです。それがサタンです。創造理想の大宇宙の連体的関係の愛の圏を、個人を中心として垣根を抜け出して支配したということは、神様までも無視してしまったということなのです。
サタンの正体を知るべき理由
38 悪魔サタンがどこから来たかということが問題です。悪魔サタンがいなければ、イエス様も来る必要がなく、神様の復帰摂理や救援摂理というのも必要ありません。このすべては、サタンのゆえに必要になったのです。サタンがいる限り神様の復帰摂理は継続し、サタンがいる限り救い主は来なければならないのです。
このように見るとき、サタンという存在は、神様が造った被造物の中から生まれたと言わなければなりません。堕落したということは、それ自体が故障したことを意味します。病気になったということです。誰が堕落させたのかと言えば、悪魔サタンです。ですから、私たちは、この悪魔サタンの正体を知らなければなりません。サタンが今まで残っているのは、悪魔サタンが犯した罪の根本を明らかにし、神様のみ前に讒訴する人がいなかったからです。もしそのような人がいれば、悪魔サタンを処罰することができます。悪魔サタンを屈服させるには、悪魔サタンの正体を暴き、天上と地上で追放運動をすればよいのです。
39 サタンは神様の姦夫(かんぷ)です。したがって、姦夫を許せば天理の原則に反するため、許すことができないのです。それゆえ、サタン世界の人間は百回、千回許すことができても、サタンだけは絶対に許せないのです。それで大審判があるのです。大審判は誰を審判するのですか。人を審判するのではなく、人間の心の中に主人のごとく臨在しているサタンを審判するのです。
40 サタンは元来、どのような存在なのでしょうか。悪魔という存在は神様の僕です。この僕が主人の娘を奪ったのです。これが堕落です。それでは、聖書に出てくる堕落とは何でしょうか。エバが善悪の実を取って食べたのが堕落だと言いますが、善悪の実は果物ではありません。僕が主人の娘を奪ったことです。将来、代を継ぐ息子と娘を生み育て、神様の理想を完成しようとしていたのに、僕としてつくった天使長が主人の娘を奪ったのが、人類の堕落の起源になりました。世の中にそのようなことがあり得ますか。天地がそのようになったのです。
41 本来、人間は、神様を中心として真の生命と真の血統を受け継ぎ、宇宙の権限をもって栄光の生活をしていなければならなかったのですが、堕落することにより、サタンの愛を中心としてサタンの血統、サタンの生命を受けたのです。サタンは神様の愛の怨讐であり姦夫です。「女」の字を三つ合わせて「姦(かん)」と書きます。愛する女性を奪っていったその者を姦夫と言うのです。
42 本来の主人を追い出して彼の妻を奪い、その息子と娘まですべて死の場に引っ張っていった魁首が悪魔サタンです。このように見るとき、神様の怨讐であり人類の怨讐である悪魔サタンを赦す道がありますか。そのようなサタンを赦せば、世の中をすべて破綻させてしまうのです。ですから、皆さん自身が、神様の息子、娘になれると神様から公認されなければなりません。そのため、神様と人類はこれをひっくり返す日まで、うめきと苦痛の道を免れることのできない立場で歴史を綴ってくるのです。
43 神様は、あらゆる精誠を尽くし、希望にあふれた大業を夢見ながら宇宙を創造されたのですが、その大業と生命と理念のすべての条件が一時に破綻して滅びるとき、天地が真っ暗になったというのです。ここに怨讐として登場したのが天使長ルーシェルでした。このルーシェルをたたき潰さなければなりませんか、たたき潰してはいけませんか。神様が最も愛した骨の中の骨であり肉の中の肉である息子と娘を、ルーシェルが自分の息子と娘にしたのです。このような怨讐の首を切らなければなりませんか、そのままにしておかなければなりませんか。このような問題を前にして、歴史始まって以来初めて苦しんだ方が神様です。
第三節 堕落の結果
1 堕落した結果、人間は死亡圏内に落ちました。神様が、「善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」(創世記二・11)と言われたみ言のように、死亡圏内に落ちていったのです。堕落した結果どうなったのでしょうか。ヨハネによる福音書第八章四十四節を見れば、悪魔サタンが人類の父になったと、イエス様が指摘しました。神様を父として侍るべきアダムとエバが堕落することにより、悪魔サタンを父として侍るようになったというこの口惜しく恨めしい事実が、堕落の報いです。
サタンの血統を受け継いだ人間
2 堕落とは血統が変わったことです。家庭がなくなってしまい、国がなくなってしまいました。ですから、血統を整備しなければなりません。何であれ、動機から結果までを知らなければ、新しい動機と方向、そして、結果を得ることができないのです。そのためサタンの秘密を知らなければ、正すことができません。
一番重要なことは、堕落したということです。サタンの血統が入ってきて、心臓から動脈、静脈がサタンの血によって動き、すべての細胞が使えなくなったのです。血統がめちゃくちゃになったので、実体世界の歴史を知らない無知に陥り、悲惨になったのです。エバは自分を中心として自覚をもちました。未完成の圏内で、自分を中心として自覚して対処し、天宙をひっくり返して打ち込んでしまったため、その自覚を新たにしなければならないのです。「堕落世界を私の手で完全に消化してしまおう。全世界を私の権限のもとに置いても消化して余りある。神様が信じなければ、信じられるようにしてさしあげよう」と言いながら、そのようにするのです。
3 堕落とは血統を転換したことです。血統が問題です。神様は、変わってしまった血統をどうにもできません。神様の体になり、神様の実体を中心とした父母の血肉を受けた直系の子女にならなければならないのに、怨讐に奪われ、神様が計画したすべてを失ってしまいました。天の国や地上天国の理念を中心として、愛の柱が建てられなければならなかったのですが、その柱がすべて崩れてしまったというのです。
4 神様を一代とすれば、アダムは二代ですが、三代が連結されませんでした。その三代が連結されなければなりません。アダムとエバが神様の愛を中心とした絶対生命、絶対血統を連結できなかったのです。そこまで戻るのです。神様は息子、娘を抱くことはできましたが、孫と孫娘を抱いてみることができなかったのです。血統が途切れてしまいました。それを理論的に否定することができません。神様の愛の結実体、生命の結実体、血統の結実体として孫と孫娘を抱いてみたことがないというのです。ですから、全世界の人類が神様の愛と関係なくなってしまったのです。