天聖経: 第246話
日本語のオーディオはしばらくの間、お休みさせて頂きます。皆さんご迷惑をお掛け致しますが、各自訓読なさるか、もしくは、英語版を聴きながらの訓読の程、よろしくお願い致します。ーゴデイブルチームー
第八篇 信仰生活と修練
第三章 真の父母に似るための信仰生活と路程
第三節 真の父母を通して生まれ変わる路程 2-13
2 私たちが氏族的メシヤの使命を実践することによって、重生が成されます。重生、再び生むことのできる道が生じます。お母様のおなかの中に入るのです。家庭的メシヤから氏族的、国家的、世界的、天宙的メシヤまで、お母様のおなかの中を通して、頂上の神様とお父様とお母様が愛し合える位置に行き、その色に染まって出てこなければなりません。ですから、左側に入って再び回って出てきて、家庭のお母様のおなかの中から出てこなければなりません。
家庭から出発したので、本然の基準に戻ってすべてのものを清算して現れるとき、サタンとは全く関係のない基盤になるのです。そして、重生の生みの苦しみを体験しなければなりません。そのようになることによって、祝福を受けた家庭は、真の父母になるのです。サタンと永遠に関係のない新しい出発ができる神様の直系子孫の立場に至って真の父母になり、その一族は、真の父母一色となって天国に直行できる氏族になります。氏族と民族を編成して国家と連結されれば、国家が入り、世界が入ることができるのです。
み言の修練
3 真のみ言とは、どのようなみ言でしょうか。その内容は、どのようになっているのでしょうか。そこには、個人の内容と、家庭の内容と、社会の内容と、国家の内容と、世界の内容、天地があるならば天地の内容、神様がいるならば神様の内容まで含まれているのです。
そのように、一方向的で直行する道を教えてくれ、その道を守り、その道に行くようにする法がなければなりません。神様がいるならば、神様にまで到達し、神様の心情があるならば、その心情にまで連結される法がなければならないというのです。
4 皆さんが修練を受けるのは、皆さんの前にいる怨讐を退けて審判するためです。そのためには、まずみ言を学ばなければなりません。このみ言はどこから出てきたのでしょうか。創造当時の心情から、復帰の路程を経て出てきたのです。この事実を忘れてはいけません。み言を身につけなければ、実体を立てることができず、実体を立てなければ心情を立てることができないので、み言を聞く時は、体で聞き、心で聞き、心情で聞かなければならないのです。
5 修練を受けながら、み言を中心として、昔、自分がみ旨の道を出発した時に、み旨を慕わしく思い、先生に従った切実な心を回復させなければなりません。そうでなければ、天国の門を開くことはできません。
切ない心情で、会えなければ生きていけず、ために生きなければ生きていけない、という気持ちにならなければなりません。食口たちに会いたいと思わなければならず、食口たちがいる所に行って暮らしたいと思わなければなりません。このような心を再びもたなければ、天の国に行くことができる鍵を失うようになるのです。
6 皆さんは、世の中を振り払って、その反対方向に出ていくことができなければなりません。さらには、世の中を正すために真の生活をしなければなりません。どんな人に対しても、その人がうまくいくことを願わなければならず、その人が天的な幸福を得て喜ぶ時、自分も共に喜べる心をもたなければなりません。
そして、父に感謝しながら、新しい希望を抱く心を携え、光の栄光を見つめる心と、平和の心情を呼び起こせる心をもたなければなりません。さらには、すべての人が一つに結ばれるよう、生活を通してその心を現さなければなりません。もし、皆さんがこれらのすべてのことを、生活を通して、生涯を通して現さなければ、あの世に行って神様の栄光を謳歌することはできません。ですから、皆さんが天国に行って神様の栄光を謳歌しようとすれば、まず地上にいる時、神様のみ旨のためにみ言を伝え、実践しなければならないのです。
信仰の子女
7 皆さんは、家庭復帰をしなければなりません。そのためには、信仰の三子女を復帰しなければなりません。そして、その息子、娘と四位基台をつくるのです。信仰の父母を中心とする外的な信仰の四位基台を造成し、信仰の子女が自分の直系の息子、娘に完全に侍ることのできる基台を立てなければなりません。
この信仰の三子女とは何でしょうか。霊界の三天使長に該当します。三天使長がアダムとエバを造る時から侍っていたのと同様に、皆さんが祝福を受けたあと、出産する子女が腹中にいる時から、信仰の子女が侍らなければなりません。これは、アダムが創造される前から、創造されて成人して聖婚式をする時まで、天使長が協助すべき基準を、皆さんがこの地上で蕩減復帰するのです。ですから、信仰の三子女が必要なのです。
8 父母になるためには、祝福を受けなければなりません。そして、家庭をつくるためにはカインを復帰しなければなりません。自分の個体が復活するためには、カインを屈服させなければならないというのです。すなわち、アダムは父母の立場にいますが、神様の恨を解怨成就してアダム自身が復帰されるためには、カインが屈服しなければならないのです。
それと同様に、復帰原則による蕩減路程においても、皆さんが信仰の子女を長子の立場に立て、皆さんの息子、娘をアベルの立場に立てて、カイン・アベルを復帰させてこそ、完全に復帰されます。そうでなければ、真の父母の立場に上がれません。真の父母の立場に上がるためには、カイン・アベルを復帰しなければならないのが原則です。カインがアベルに屈服しなければならないというのです。
9 自分が信仰の子女をもつということは、数千代の宗教者たちが望んできた最高の理想です。イエス様も、それを得られませんでした。ゲッセマネの園での最後の談判祈祷においても、皆に反対され、見捨てられました。しかし、私たちは、復活圏で勝利の家庭を構築したので、これは天宙が支持する家庭です。そのような価値をもつ祝福家庭です。自分が犠牲になったとしても、自分の子女たちには正しい伝統を伝えなければならないのが、祝福を受けた夫婦の責任です。また、家庭の責任です。子女に重い蕩減の荷物を負わせてはいけないのです。
10 なぜ信仰の子女が必要なのですか。三大天使長と、アダムの三人の息子と、サタン世界のカインの兄を取り戻すために必要です。
旧約時代、新約時代、成約時代を取り戻すためです。旧約時代は民族、新約時代は国家、成約時代は世界を取り戻すのです。
それで、旧約時代はイスラエルの六十万大衆のカナン復帰、イエス様は国家から世界のカナン復帰、統一教会は世界から天宙のカナン復帰です。カナン復帰の最後の門です。このような意味で、三段階で表示がされるというのです。
11 皆さんは、食べたいように食べ、着たいように着て、自分がやりたいようにすべてやっていますが、それが讒訴条件になるのです。壮年の夫婦たちは、神様に忠誠を尽くせる若者たちをもつことができなかったので、神様のみ前に恥ずかしいと思わなければなりません。
今からでも、そのような若者たちを育てなければなりません。幸いにして有り難いことは、統一教会には「信仰の子女」というものがあります。壮年の夫婦たちを救援できるものが信仰の息子、娘だというのです。このために、骨髄が溶け出すほど、一度、真剣に走ってみなさいというのです。そうして、若者たちの前に希望の涙を流すようになる時、その希望ある若さの基盤の上にメシヤが訪ねてくるのです。
祝福による重生
12 人間は、真の愛の根本を悟って、神様のみ前に真の愛をお返ししなければなりません。真の父母様を通して、祝福の基準を経て重生し、聖別された者だけが、神様の真の子女として登場することができます。したがって、祝福の過程を通過しなかった人は、最初の実の資格がないのです。
13 祝福式は、サタンの血統圏を断絶して神様の血統圏に転換させるものです。まず腹中に宿した赤ん坊から始まります。祝福家庭の子女は、聖酒を飲ませて条件的な重生式を経なければなりません。そのようにして生まれ変わるのですが、腹中にいる時に重生式をしなければなりません。祝福家庭の母もそのようにしなければならず、祝福を受けていない婦人たちも同じです。同じ母の立場に立つようになります。聖酒を飲むことが条件です。それで、完成した真の父母の血統を相続する内容が、すべてが連結されるのです。